平和国家はつらいよ

執筆者:徳岡孝夫2013年9月9日

 ジュネーブ郊外、某富豪の元別荘に10日間ほど泊めてもらったことがある。その屋敷の客室で原稿を書いた。

 富豪の名を言えば皆さん御存じのはずだが、今ここに書く話には無関係なので名を略す。当時、家の居住者は中年のスペイン人銀行家で、英語を流暢に話し、私は彼の客だった。

 元の建て主である米富豪は、丸い形が好きだったらしい。丸い暖炉を真ん中にした丸く広い客間があり、食堂やキッチンも丸く、レンジや調理台も丸かった。私が泊った客間も丸く、広いガラス戸を開けて庭に出ると、庭の先はレマン湖だった。湖の向こうに、ローザンヌに通じる自動車道路が見渡せた。

 毎朝、私はトーストの切れ端を持って湖畔に立つ。2羽の白鳥が寄ってきて、私の手からパンを食べる。平和と安全を絵に描いたような家と庭だった。

 

 もう1人、スイスに知人がいた。ジェームズ・クラベル(1924-94)。大ベストセラーでテレビ化もヒットした『将軍』の作者である。

 ベトナム戦中、前線取材に利用した米輸送機C130を待つ間に、私はクラベル作品を愛読した。戦後に出た『将軍』も真っ先に読み、日本の雑誌に紹介の文を書いた。クラベルは「日本人読者第1号だ」と喜び、日比谷花壇から桜の苗木2本を送ってきた。

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