台湾分断を狙う中国の奇策「果物ゼロ関税」

執筆者:本田善彦2005年10月号

[台北発]毛沢東の革命理論になぞらえれば、胡錦濤版「農村から都市を包囲する」戦略といえようか。中国が台湾の農村に仕掛けた奇策に、陳水扁政権が困惑している。事の発端は今年五月三日、中国政府台湾事務弁公室の陳雲林主任が、台湾産果物に対する関税(一〇―二五%)をゼロとする方針を発表したことだ。マンゴーやパイナップルなど台湾産の高級果物は、中国では富裕層を中心に好評で、正規の輸入のほかに漁船を利用した密輸も少なくない。台湾農村部の収入は都市部の約七割。農業だけでは立ち行かず、兼業収入が半分を占める。ゼロ関税が実施されれば「本業」の農業での収入増が見込めるため、青果農家を中心に期待が高まった。 ところが、農家の期待とは裏腹に、陳政権は消極姿勢に終始する。陳総統は「対中輸出より対日輸出を奨励」する方針を打ち出すとともに、農業委員会など関係省庁を通じて、対中輸出断念に向け農民の説得に乗り出した。しかし農村部では「対日輸出は品質管理が厳格で利益になりにくい。対中輸出の条件整備が先決」と反発が広がり、説得は難航した。 果物の対中輸出で陳政権がかたくなな対応に終始した背景として、農業の対中依存度が他の産業同様に深まることへの警戒とともに、この「ゼロ関税」の影響を受ける青果農家の多くが陳政権の地盤・台湾中南部に集中している点が挙げられる。民進党内部では「対中輸出による収入の割合が大きくなれば、農村の支持基盤が揺らぐ」と懸念が深まった。中国にすり寄る野党・国民党に対し、陳政権の与党・民進党は台湾独立を掲げてきた。その与党の有力支持基盤である農民層が果物輸出をきっかけに親中国にシフトしていけば、民進党の将来を揺るがすことになるからだ。しかし、中国から「現ナマ」をちらつかされた農民の陳政権に対する不満は収まりそうにない。中国は昨年八月段階で、台湾南部住民の対中感情改善を「統一戦線の課題」と確認しており、今回の動きの背後にも綿密な計算が見え隠れする。

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