ある女流画家の作品に思う

執筆者:大野ゆり子2005年12月号

 ミラノで開かれている「カラヴァッジョとヨーロッパ展」を見に行った。この展覧会を見ると、後期ルネッサンスからバロックの画家たちが、離れた土地の芸術の動きを本能で察知し、新しい芸術を産み出しては、さらに他の土地に影響を与えていった様子がわかる。EU(欧州連合)の文化融合などという命題が与えられる遥か昔に、芸術家たちは動物としての嗅覚を働かせて、国家の枠組みにとらわれずに他の土地の文化を積極的に取り入れ、吸収し、醸成していたのだ。 カラヴァッジョ(一五七一―一六一〇)はイタリア・ルネッサンスの、のびやかな躍動美とは趣きを異にする、フランドル地方の北方ルネッサンスと出会い、その写実的な表現方法に惹かれていく。しかし、どこか時が止まったようなフランドル絵画の世界に、カラヴァッジョは劇的な瞬間のドラマを取り入れる。たとえば銀貨三十枚でキリストを裏切り、「自分が接吻した相手がキリストだ」と敵方に合図していた、ユダの裏切りの場面。カラヴァッジョが非凡なのは、ユダに接吻されるキリストの一瞬の表情を、暗闇の中で描ききっていることである。この瞬間を境に、死に向かうキリストの苦悩、諦観、人間への哀れみ……。キリストを捕らえようとする兵士の甲冑の冷たい光によって、その表情はいっそう強調される。

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