“内戦”に熱を上げるロシア軍の実態

執筆者:内藤泰朗2006年4月号

[モスクワ発]軍事大国・ソ連の崩壊後、沈滞が続いていたロシア軍が、石油高騰による財政黒字を受けて国防予算を増大し、勢力を拡大し始めた。昨年には、中国やインドなど諸外国との合同軍事演習を行ない、米国に対抗しようという「攻め」の姿勢すら見せた。ロシアのプーチン政権は石油高騰という好機が続くうちに、ソ連時代に膨張した軍事機構を近代化し、軍事強国として生き残る戦略を立てている。
 だが、新年早々、先輩兵に暴行を受けた新兵が両足切断などの重傷を負った事件が発覚。軍は国民からの批判に大きく揺れている。新兵いじめの問題はソ連時代から隠蔽され、黙認され続けてきたが、今回の事件は、巨大な軍が抱える深い闇を改めて国民の目の前に映し出し、ロシア軍が近代的な軍に変革できない病巣を浮き彫りにしたのだ。
「新兵にとって最も恐ろしいのは、夜皆が寝静まったあとの兵舎だろう」
 モスクワ北部の部隊に四年前まで勤務していた退役将校はこう語った。この退役将校によると、徴兵された新兵の兵舎では、夜中に担当将校が兵舎内を見回ることになっているが、将校は当直の職務をたびたび怠るという。そのため、兵舎は古参兵が牛耳る「無法地帯」となる。そこで新兵がいじめられ、古参兵の不満のはけ口にされるのだという。
 昨年の大晦日に起きたウラル地方チェリャビンスクの陸軍戦車アカデミーでのいじめ事件もそうした典型的な状況下で起きた。酒に酔った複数の古参兵たちが入隊後間もない八人の新兵たちを繰り返し暴行。そのうちの一人(一九)は、椅子にきつく縛り付けられ、四時間以上にわたって殴打された。当直の将校は不在だった。その後容態が悪化した新兵が点呼に姿を見せなかったために、事件は部隊の司令官も知るところとなった。だが、その後も司令官や軍医はそのまま新兵を放置し、一般の病院に運び込まれたのは事件発生から四日後。すでに壊死が進行していた両足と性器、手の指を切断した。軍は当初、事件を隠蔽しようとしたが、情報が漏洩したことで大統領が会見するほどに問題が大きくなった。
 国防省がまとめた資料を見ると、今回の事件が氷山の一角でしかないことが分かる。それによると、昨年、軍内部で発生した犯罪は二万三百九十件に及ぶ。事件や事故、自殺で死亡した兵士の数は千六十四人に上る。その半数近くは、いじめが原因だとみられている。いじめられた兵士が仲間や上官らを射殺する事件や、いじめに耐え切れずに脱走する者も後を絶たず、脱走兵の数は昨年、約五千人にも上った。「軍は、外部の敵とではなく内部の敵と戦っている」と指摘する専門家もいるほどだ。
 なぜ、そんな「内戦」ともいえるような状況がロシア軍内部に生じているのか。

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