安全保障を脅かす新型インフルエンザ

執筆者:田中明彦2006年5月号

 現在の日本が直面する最大の安全保障問題は何だろうか。国家間関係に起因する問題としては、北朝鮮の核開発問題やその他の問題があるし、テロからの脅威も忘れるわけにはいかない。しかし、人々の生命や生活に大量かつ異常な打撃をあたえるすべての現象が安全保障に関わる問題だとすれば、人間が意図的に起こす問題だけが安全保障の問題ということにはならない。だからこそ、一九八〇年代から日本で総合安全保障といった時に大地震への対策が含められてきたのである。 そのように広い意味で安全保障を考えると、現在の日本にとって、そして世界全体にとっても、極めて深刻な安全保障問題は新型インフルエンザの発生である。昨年来、世界各地で強毒性のH5N1型の鳥インフルエンザが蔓延しており、これに感染したかなり多くの人々がすでに死亡している。現在のところ、このウイルスは、鳥から人へ感染することはあっても、人から人に移るものではないようである。しかし、ウイルスが変異して人から人に移るタイプが発生するのは確率的問題である。専門家の間でも、そのような新型インフルエンザは、いつ発生してもおかしくないという。 いうまでもなく、感染症の脅威は、人類の歴史とともに古い。現代の日本人にとっても最近のSARS(新型肺炎)の問題があったので、問題意識は比較的高いと思われる。しかし、前回のSARSが、日本では大流行にならなかったこともあって、新型インフルエンザの危険については、一般的にまだ準備は十分でないように思う。たしかに、世界的にはWHO(世界保健機関)が中心になって、数多くの国際会議が開催されるようになっているし、首脳レベルの会議でも取り上げられている。抗インフルエンザ薬のタミフルの備蓄も始まっている。

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