『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』“EICHMANN IN JERUSALEM――A Report on the Banality of Evil”ハンナ・アーレント著/大久保和郎訳みすず書房 1969年刊 一九六〇年五月二十三日、イスラエルのベン・グリオン首相は記者会見で、ナチス・ドイツの元SS(親衛隊)中佐だったアドルフ・アイヒマンがイスラエルの諜報機関によって捕えられ、イスラエルで法廷に立たされることになったと発表した。アイヒマンの名は一九四〇年代後半のニュルンベルク国際軍事法廷で、ユダヤ人「最終解決」問題に深くかかわる人物として頻繁に登場していたので、世界はこの発表に騒然となった。行方をくらましていた(ことになっていた)この人物がどこでいつ逮捕され、その身柄がなぜイスラエルの掌中にあるのか。イスラエル国民が興奮したのは当然だが、わけてもアルゼンチン、米国、西ドイツの三国が大騒ぎとなった。 アイヒマンがアルゼンチンの首都ブエノスアイレス郊外で逮捕されたことは、ほどなく明かされた。青天の霹靂ではなかった。元ナチのお尋ね者がこの国で多数暮しているとは、よく噂されていたからだ。問題は、逮捕と関連してイスラエルによるアルゼンチン国家主権の侵害の有無だったが、両国は結局、国連安保理決議にもとづき争いに終止符を打った。

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