『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』
『ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉』

ネルソン・マンデラ/著
長田雅子/訳
明石書店

 今年3月まで筆者が勤務していた毎日新聞社は、全ての記事に署名を付ける日本では数少ない新聞社であった。言い換えれば、無署名の新聞記事がこれほど広範に流通している国は、少なくとも民主主義諸国では日本をおいて他にないということである。日本の新聞社には今も「記事は無署名でよい」という幹部がいて、「記事は内容が命。誰が書いたかは問題ではない」と言うのを聞いたことがある。ハンドルネームや匿名での書き込みが一般的な日本語のインターネット空間でも、非実名の投稿の正当性を支える論拠の1つとして、「重要なのは発信者ではなく、書かれた内容だ」という主張を目にすることがある。

 確かに「Aさんの朝食はパンだった」というような言葉は、発言者が匿名でもハンドルネームでもよいだろう。この言葉には価値判断が含まれていないからである。

 だが、例えば「安倍首相の経済政策は正しい」という言葉はどうだろうか。仮にこれが首相の政策ブレーンの発言ならば自画自賛に聞こえるし、逆に野党政治家の発言ならば、より複雑な意味を持つだろう。黒人差別を乗り越えてきた黒人が「差別なんてたいしたことない」と言えば、力強い発言にも聞こえるが、同じことを白人が言えば欺瞞の誹りを免れない可能性がある。これらのケースでは、発言者が誰であるかが決定的に重要な意味を持っているのである。

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