「祖国愛」と向き合うドイツ

執筆者:大野ゆり子2006年8月号

 名前を口にした途端に、歴史上のある記憶を呼び起こす街があるとしたら、ニュルンベルクも間違いなく、その一つだ。ドイツルネッサンスの巨匠、デューラーが暮らし、ワーグナーが素朴な民衆の芸術の高さを讃えた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」に登場する美しい街は、恐らくドイツらしい美を内包したがゆえに、ナチス党大会の開催地になった。ユダヤ人差別を規定した法律が「ニュルンベルク法」と名づけられてからは、この街はヒトラーの記憶と無縁ではいられない運命を背負う。ニュルンベルクと言えば、ナチス関係者を裁いた「ニュルンベルク裁判」を連想する人も多いのではないだろうか。 そのニュルンベルクのゲルマン国立博物館で、ワールドカップ開催をきっかけに「ドイツとは何か」を考えようという展覧会が開かれている。ドイツといえば哲学の国、思索の国、音楽の国、詩人の国といったイメージが浮かぶ。展覧会では、そうしたイメージを多くの資料と絵画で振り返る。しかし、何ともドイツ的なのは、ワールドカップというお祭りの中でさえ、外国人に見せたいイメージだけでなく、あえてホロコーストというテーマを取り上げることだ。「祖国(Vaterland)」というテーマのもとに展示されるヒトラーの時代は、「祖国愛」という本来美しいはずの心がけが、間違った指導者のもとで、いかにゆっくりと、気づかぬ間に変容していくかを教えてくれる。

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