その夜のコンサートは、ブリュッセルにしては異例な、ものものしい警戒だった。総稽古の途中で、客席に坐っていた人は全員退席させられ、客席の下に爆弾がしかけられていないかどうか、警察がくまなく調べていった。コンサートホール入口にはパトカーが並び、終演後の楽屋には、名前が登録されていないと、関係者ですら入れないほどである。 これだけ警察が神経をとがらすのも、現在の中東情勢を考えると無理からぬことだった。というのは演奏したオーケストラが、アラブ人とイスラエル人の若い音楽家で作られたオーケストラであり、指揮したのがこのオーケストラの創立者であるダニエル・バレンボイムだったからである。 ウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラと呼ばれるこのオーケストラは、一九九九年に、アルゼンチン生まれのイスラエル人であるバレンボイムと、パレスチナ人の文学研究者・批評家で、アメリカ国籍のエドワード・サイードによって結成された。 楽団員は十八歳から二十五歳までの若い音楽家たち。アラブ人とイスラエル人が、ちょうど半数ずつになるように選抜されている。毎夏、六週間をスペインのセビリアで合宿し、バレンボイムの指揮のもとに音楽稽古をし、コンサートツアーをする。オーケストラは、セビリアのあるアンダルシア自治州政府の援助で運営されている。これは「イスラム教徒とユダヤ人とキリスト教徒が何世紀にわたって共存し、豊かな文化を作り上げた世界で唯一の土地だから」と、地元がオーケストラの趣旨に賛同したからだという。セビリアでの合宿の様子は、昨年の夏にパレスチナ自治区のラマラで行なわれたコンサートのライブ録音とともに、「Knowledge Is The Beginning」(知ることから始まる)と題されたドキュメンタリーになっており、DVDで見ることができる。

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