ことし正月のことである。「安倍晋三こそポスト小泉の一番手」と公言していた政界の実力者に「安倍でアジア外交がうまく乗り切れるか」と質したことがある。その時の答えは「安倍は就任したらすぐに中国へ行く。小泉と違って奇手の似合わない安倍は正統で行くしかないが、そのときの唯一のサプライズは中国だ。就任直後、すなわち十月前半に訪中できれば、下旬の衆議院補欠選挙は乗り切れるかもしれない」。 そのころすでに、この実力者をはじめ、数人の人物が中国側と水面下の交渉に入っていた。結果は、就任直後の十月八日に北京、九日にソウルで、それぞれ日中、日韓首脳会談が実現した。そして安倍首相が訪韓したその日の朝、北朝鮮が核実験を強行した。新首相にとっては就任直後に日本の安全が脅かされる事態に直面したわけだが、そのこととは別に安倍首相の運の強さを感じないわけにはいかない。 小泉首相がジェット機だとすれば、安倍首相はふらふらっと離陸したグライダーのようなものだった。大丈夫かなと案じている時に、機体上昇に必要な逆風が吹いた。安倍がもっとも得意とする分野が北朝鮮、しかも小泉首相のような話し合いではなく、厳しい制裁論こそ安倍首相のかねての持論である。考えてみれば、安倍晋三という自民党ではまだ「若手」に分類される政治家が、小泉政権五年半で首相の座に上り詰めることができたのは「北朝鮮」の存在なくしては考えられない。

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