モロッコで実感したここにしかない豊かさ

執筆者:大野ゆり子2006年11月号

 モロッコは不思議な国だ。アフリカにしてはヨーロッパに近すぎ、ヨーロッパにしてはアフリカである。晴れていれば、北端の港町タンジェからはスペインが見える。ジブラルタル海峡が隔てたその距離は、わずか十四キロ。実際に泳いで渡ってしまう人も少なくないという。 もちろん不法出国である。しかし、最低時給が四十円、高等教育を受け、アラビア語の上にフランス語、英語が流暢な人がもらえる月収が三万円ぐらいだとしたら、目と鼻の先にあるヨーロッパで大きな成功と収入が待っていると期待するのも、当然ではないだろうか。 海外旅行がままならない人々にとって、モロッコ国内で見る「ヨーロッパ」は、豊かさの象徴に見えるのだろう。特に、人口の半分近くを占める二十歳以下の若者にとって、それは夢にどんどん空気を入れて膨らますポンプになるのかもしれない。私が訪れたマラケシュでは、外国人用の高級な別荘が、あちらこちらで建築中だった。イヴ・サンローランなど、フランス人の成功者で、ここに瀟洒な別荘を持つ人は多い。ヨーロピアン地区と地元の人から呼ばれる新市街は、十一世紀に建てられたイスラムの町と同じ景観になるように赤土のテラコッタで統一されながらも、クーラーや電気、水道などヨーロッパの快適さが持ち込まれている。ブティックやカフェなど、パリかと錯覚するほど洗練されたインテリアだ。「リァド」と呼ばれる中庭つきの建物をホテルに改装するのがヨーロッパ人の間で流行していて、十年前に百五十万円だった建物が、現在では四千五百万円に値上がりしているという。新市街からジャガーやベンツが走り出す反対側、地元の人が暮らす地域では、ロバが一生懸命、健気に荷物を運んでいる。

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