南アフリカ共和国で「静かなクーデター」が起きた。エイズがHIVウイルスによって感染することを否定し続け、有効な対策をとろうとしないムベキ大統領とチャバララムシマング保健相に業を煮やした副大統領と保健副大臣が、エイズ対策の主導権を二人から奪ったのだ。 南ア共和国では、四千五百万の人口のうち六百万がHIVウイルスに感染しており、毎日新たに千人の感染者が増え、一日平均八百人が死んでいく。 しかし、ムベキはこうした数字は黒人への偏見からくる嘘だと言い、チャバララムシマングは抗エイズ薬は「毒」で、にんにくとビートの根、じゃがいも、オリーブオイルこそエイズ治療に役立つと言い張ってきた。 二人への不満は与党アフリカ民族会議(ANC)内で長年くすぶっていたが、正面から異を唱える者はいなかった。 しかし二〇〇六年八月にトロントで開かれた国際エイズ会議の席上、ルイス・エイズ担当国連事務総長特使がムベキと保健相のエイズ対策を「非倫理的で馬鹿げた政策」だと公然と非難。続いて、HIVウイルス発見者ロバート・ガロを含む八十一人の世界の著名科学者が連名でムベキにチャバララムシマングの更迭を求める書簡を出した。 こうした事態を受け、十一月に保健相が病気のために入院したことを好機として、ムランボヌクカ副大統領とマドララ・ルートレッジ保健副大臣の二人の女性がエイズ対策の主導権を奪い取った。世界エイズデーの十二月一日、二人は世界に通用する科学的なエイズ対策を打ち出した。世界一感染者の多い南ア共和国で、ようやくまともなエイズ対策が始まろうとしている。

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