『外交』ハロルド・ニコルソン著/斎藤眞・深谷満雄訳東京大学出版会 1968年刊 四十年ほど前、私は本書を義務感から読んだ。本書は外交官や国際政治学徒の「必読書」だという声が当時、囂しかったからだ。読んで得たものは無論あった。外交の「政策」と「交渉」とを、つまり、外交の「立法的」側面と「執行的」側面をきちんと区別せよ、とか、ウィルソン米大統領の登場で時代精神となるかに見えた「公開外交」の「公開」性とは「政策」論議には必要だが、「公開の交渉などまったく実行不能」とかのくだりには傍線を引いた。「交渉」に携わる職業外交官の「徳性の第一は誠実である」の指摘にも傍線を引いた。それらが著者の基本的主張だからだ。まるで暗記事項のように、私はそれらを記憶した。が、正直、これで「学徒の義務」のひとつは果たしたとの気持の方が強かった。 その後、十四、五年前と今回の二回、本書を読んだ。前回はある論文でニコルソンにも触れるため、彼の他著とも関連させて精読した。このとき、私はわが国の斯界で本書がなぜ「必読書」――つまりは準教材――視されたのだろうと訝った。今回、本書を扱うので少し調べて、教育熱心な国際政治関係の大学ゼミでは、この書物がいまなお「必読文献リスト」中の常連らしいことを改めて知った。これには、教授連、相変らずみんな格好つけてるなの思いに駆られた。私は教育の現場を離れたが、私なら本書を「必読書」に指定しない。そんなことをしたら、義務感から読まれてしまう。本書の場合、それは下策だ。

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