パリの「暗闇レストラン」体験

執筆者:大野ゆり子2007年6月号

 現代美術のコレクションで有名なポンピドーセンターにほど近い、パリの中心地に、今、口コミで大人気のレストランがある。週末は数カ月先まで予約で一杯というこの店は、「DANSLE NOIR?」(真っ暗闇の中?)という名前で、三年前に開店した。 人気の理由は、名前が示すように、真っ暗闇の中で食事をすることにある。一見しただけでは、普通のレストランと変わらない。特殊なのは、店内でまずコインロッカーに全ての貴重品を入れ、汚したり、しみをつけたら嫌なものは、脱いで、食卓に向かう身支度をすることだ。 準備が整うと名前を呼ばれ、暗闇の中の席まで案内してくれる「ガイド」さんを紹介される。ガイドさんは全員、このレストランで給仕するトレーニングを数カ月ほど受けた視覚障害者だ。ガイドさんの右肩をしっかりと掴み、ゆっくりと進んでもらって、真っ暗闇の中を客席まで向かうのだが、闇に慣れない目には、これがなかなか難しい。右、左と頭で考えようとすると、かえってわからなくなってしまい、数歩歩くだけで、方向感覚が全くなくなってしまう。 やっとテーブルについて腰掛けて、コースの食事が運ばれるのを待つ。この間に、いつものように、同席した友人と話をしようと声のする方向に顔を向けるのだが、相手の表情が全く見えないと、一人でしゃべっているのではないかと不安になり、お互いにただただ名前を呼び合うだけで、時間は過ぎていく。

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