『不当逮捕』本田靖春著講談社 1983年刊(現在は講談社文庫所収) 半世紀前の昭和三十二年十月、読売新聞のスター記者が逮捕された。その一週間前に掲載した売春汚職の記事が原因だった。当時、売春防止法が成立する過程で、延命を図る売春業者の団体が政界にカネをばらまいていた。記事には二人の自民党代議士が名指しされ、「収賄容疑で召喚必至」と書かれていた。 代議士は直ちに読売新聞を東京地検に刑事告訴、取材した記者には名誉毀損の容疑がかかった。とともに、ニュースソースと思われる氏名不詳の検事や監督者である検事正、検事総長までが告訴の対象となった。直後から、なぜか告訴対象から外れていた東京高検検事長が直々に捜査に乗り出す。その異例の展開には、検察内の激烈な権力闘争と謀略じみた事件の奥深い闇が隠されていた――。 逮捕された立松和博は司法担当として検察に有力な情報源を張り巡らし、占領下で時の政権が倒れた昭電疑獄で多くのスクープを飛ばすなど、幾多の逸話で彩られた記者であった。その行動は破天荒で、無頼派であった一方、父親は戦前に判事を務めた著名な法曹家であり、毛並みの良さも持ち合わせていた。 本書は、その立松の後輩記者としてごく身近にいた本田靖春が、自身と立松の交遊、自由闊達であったころの新聞社とその後の閉塞感といった私的体験を織り交ぜながら、隠された事件の真相に迫っていく。そこには、今日の報道と捜査のあり方にも通じる、時代を超えた根深い問題が投げかけられていた。

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