『指導者とは』リチャード・ニクソン著/徳岡孝夫訳文藝春秋 1986年刊 リチャード・ニクソンほど複雑で、誤解されているアメリカ大統領はいないだろう。 それは分かっている、と多くの人はいうかもしれない。米中和解を遂げ、泥沼のベトナムから米軍を撤退させた一方で、ウォーターゲート事件のため史上初めて任期半ばで辞任せざるを得なくなった大統領。その栄光と汚辱。すぐれた外交戦略を持ちながら、内政において挫折した。アメリカ現代史を知る人なら、そんなイメージを抱く。 だが、外政家ニクソンだけを評価する人は、次のようなエピソードをどうみるだろうか。 まだニクソンが存命の頃、もう十五年以上前になる。フォーリー元駐日大使が下院議長時代の記者懇談で起きたことだ。何かの拍子にニクソンを腐した記者をたしなめるように、フォーリー議長は言った。「君はニクソンという人を誤解している。ニクソン大統領がいなければ、低所得者に対する食料切符制度は今日ほど完備しなかった。飢餓対策は進まなかった。そういう大統領だ」 念のためだが、ニクソンは共和党、フォーリー議長は民主党で、議長にはニクソンを擁護しなければならない特別の理由はない。「民主党議員がニクソン氏を誉めるのは禁句かもしれないが、事実は事実だ」と付け加えたくらいだ。

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