前回のこの欄で、東南アジアにおける日本の評価が極めて高いということを述べた。一九七四年に反日デモがあった時代と比べて隔世の感がするということである。こうした東南アジアにおける高い評価を作り出したのが、三十年前の福田ドクトリン以来の地道な活動であった。 この見解を変える必要はないと思っているのだが、今回は、このような見方に対して少しだけ留保をつけてみたい。高い評価を当然視したり、悪のりしてはいけないということを言いたいのである。 なぜこのようなことを書くかというと、最近、東南アジアのある国で参加した国際会議において、日本の歴史認識についての議論に遭遇したからである。この国は東南アジアのなかでもかなり親日的であり、しかもこの国の指導者は、かつて、日本人が過去についてあまりこだわる必要はないと語ったこともある。参加者は、この国の人ばかりではなく、東南アジア各国の専門家にくわえ、欧米の専門家もいた。 このようななかでの議論として、福田ドクトリン以後の日本には、やはり依然として「信頼」の問題がある。そして、日本に対する「不信」の背後には、日本人の歴史に対する「健忘症」や「歴史を書き換えようとする」動きがあるという議論があったのである。

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