急激に高まってきたベルギー「消滅」の懸念

執筆者:大野ゆり子2008年1月号

 ベルギーに住み始めて六年目になる。ところが、この国がいつまでこのまま世界地図上に残るのか危ぶむ声が、ここのところ急に声高になってきた。 ことの起こりは、日本でも報道されているように、二〇〇七年六月の総選挙から半年たっても、違う言語圏の間の対立が理由で新内閣ができず、政治空白が続いていることにある。 ベルギーは、北部に住みオランダ語を話すフランダース人と、南部に住みフランス語を話すワロン人、ドイツ国境沿いでドイツ語を話すドイツ系住民と、公用語だけで三つある。こう書くと、スイスのようなイメージをもたれる方もあるかもしれない。 ところが、スイスと大きく違うのは、言語の問題が、歴史の中で階級闘争と密接に関わってきたことである。フランス語は「支配階級のことば」、オランダ語は「被支配階級のことば」というような意識が、歴史上でまかり通っていた時期があった。 それも、それほど昔のことではない。我々の友人の四十代の音楽家がいる。彼女の両親はフランダース人なのだが、子供を高い地位につけたいと願う父親の方針で、家ではオランダ語を禁じ、フランス語で教育を施されたので、母語はフランス語である。つまり、フランダース人自身が、オランダ語は「方言」として恥じ、上流へのパスポートとしてフランス語に精を出した時期があったのである。

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