フィリピン人「介護士」を阻む見えない壁

執筆者:出井康博2008年2月号

「オトーサン、爪を切りましょうか?」「ほな、頼むわ」 川端勝美さん(七三)が糖尿病でむくんだ足を、いかにも重たそうに持ち上げる。すると正面に座ったフィリピン人介護福祉士(以下、介護士)、マリシェル・オルカさん(二八)が、その足を自らの膝の上へとそっと導き、真剣な表情で爪切りを動かし始めた。 マリシェルさんには日本語検定二級に挑戦するほどの語学力がある。日本に留学中、介護施設でアルバイトをした経験があり、高齢者の扱いにも慣れている。タバコを片手に持った川端さんの表情が満足そうだ。 フィリピンの首都マニラから北に向かって車で約三時間。厳重な検問をくぐった先にあるスービックは、一九九二年まで米海軍基地があったことで知られる。その一角につくられた日本人高齢者向けの介護付き滞在施設「トロピカル・パラダイス・ヴィレッジ」(TPV)で展開する光景は、将来の日本の介護現場を象徴するものだ。 わずか六年後の二〇一四年、日本の介護分野で四十万―五十万人の人手が不足する。日本政府は、その一部をフィリピン人など外国人労働者で補おうとしている。 〇六年のフィリピンに続き、〇七年にはインドネシアとの間で経済連携協定(EPA)を締結。これに基づき、両国からそれぞれ当初の二年間で介護士六百人、看護師四百人を受け入れることが決まった。その数は将来、飛躍的に増える可能性がある。外国人に介護や看護を頼る時代が目の前まで迫っている。

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