テロリストの誕生(12)扇動者の責任

執筆者:国末憲人2015年7月10日

 クアシ兄弟のうち、兄のサイードがシャンパーニュ地方ランスで、弟のシェリフがパリ郊外ジェンヌヴィリエで、それぞれ家庭を持っていたのは、すでに述べた通りである。この2人に対して、フランスの情報当局は電話の盗聴や尾行などによる監視を続けていた。イスラム過激派とのかかわりが明らかで、「イエメンで軍事訓練を受けた」との情報も米国からもたらされていたからだ。

 しかし、監視の結果浮上したのは、兄サイードが偽ブランド品の取引にかかわっている、との疑いだった。それだって立派な犯罪だが、盗聴までして騒ぐほどのことではない。調査報道での評価が高いフランスのインターネット情報サイト『メディアパルト』によると、既存のテロ組織や具体的なテロ計画との結びつきも確認できなかったとして、当局はクアシ兄弟への監視を昨年6月に打ち切った。すでにアメディ・クリバリはその前月、居どころを明らかにする発信器付きブレスレットを外されていた。後の連続テロの主役たちは、そろって自由の身になったのである。

 もちろん、フランスで危険なのは、この3人に限らない。シリアやイラクの戦場から戻ってきた筋金入りのテロ予備軍は数知れない。その意味で、一見おとなしそうな3人に割く手間と費用が、当時とすれば無駄に見えたのだろう。

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