2002年に地下に建設された秘密のウラン濃縮施設が発覚し、2003年からEU3(英仏独)によって始められたイランとの核交渉は、2013年のロウハニ大統領の就任をきっかけに急速に交渉が進展し、12年の月日を経てようやく今年7月14日に包括的合意がまとまった。筆者は核合意成立の直前(7月9日)まで国連安保理決議1929号に基づいて設置された専門家パネルの一員として、国連によるイラン制裁に関連する情報収集と分析の仕事に従事していたこともあり、イランの核開発関連活動と核交渉の経緯を業務として観察してきた。
 今回のイラン核合意は159ページにも及ぶ長大な文書であり、加えて国連安保理決議2231号でイランの核開発のみならず、これまで制裁の対象となってきたミサイル開発と武器禁輸についても言及されているため、大変複雑でわかりにくい合意となっている。本稿ではこの合意について、わかりやすくおさらいしてみたい。

核合意の「アメ」と「ムチ」

 まず、今回の合意の基本は、イランの原子力平和利用の権利を認めながらも、核兵器への転用が出来ないように国際原子力機関(IAEA)による査察を厳しく行い、最低でも15年間は合意で認められたこと以外はできないようにする枷(かせ)をはめることが目的である。そうした制約の見返りに、過去の国連安保理制裁決議を廃止し、米国と欧州連合(EU)による経済制裁を解除することで、イランが国際社会に復帰し、経済の立て直しを可能にするための条件を整える「アメ」を提供する。もしイランが合意を履行しなければ、制裁が復活する、いわゆる「スナップバック」が起こるという「ムチ」も用意されている。
 では、イランに認められた原子力平和利用の活動とは何か。
 第1に5060基の遠心分離器を使ってウラン濃縮をすることが認められた。既にイランには1万9000基の遠心分離器があるが、その数が4分の1に縮小され、しかも旧式の遠心分離器のみが認められたため、核兵器に必要なウランを獲得するまでには長い時間がかかると想定されている。
 第2に現在10トン(1万キログラム)ある蓄積された濃縮ウランを300キログラムにまで減らして保持することが認められた。蓄積された低濃縮ウランが大量にあれば、それを兵器級のウランに濃縮するまでの時間が短縮されるが、その量が少なければ兵器開発もそれだけ遅くなるという算段である。
 第3に現在建設中の重水炉を取り壊し、新たな設計の重水炉を建設することが認められた。重水炉は濃縮ウランを燃焼した際に、取り出しやすい形で核兵器に使えるプルトニウムが発生する。新たな重水炉は、その規模を縮小し、プルトニウムの量を少なくすると同時に、使用済み核燃料からのプルトニウムの取り出しが難しい設計となる。
 これらの3つ以外の原子力活動は制限されるが、イランが秘密裏に核兵器開発を目指そうとする可能性もあるため、IAEAが常時査察を行える体制を整え、イラン国内にあるウラン鉱山での採掘からウラン濃縮、原子炉の燃料製造、使用済み核燃料の再処理までを監視し、見えないところで核兵器を作ろうとしても、その兆候を察知できるようにしている。また外国から濃縮ウランや核兵器開発関連の資材を輸入しようとする可能性があるため、あらゆる原子力関連の輸入に関しては「調達チャンネル」と呼ばれるルートを通して透明性を高める、ということが定められている。「調達チャンネル」とはP5+1(安保理常任理事国である米英仏中ロとドイツ)とイランによって構成される「合同委員会」が、原子力関連資材の輸入を全て審査し、核合意で認められた活動に限って許可するという仕組みである。これは今回の核合意を受けて採択された安保理決議2231号の中でも書かれているため、核交渉に関わったP5+1だけでなく、国連加盟国全てに拘束力のある約束事となっており、日本も原子力に関連する製品や素材をイランに輸出する際にはこのルートを通し、「合同委員会」による許可を得なくてはならない。

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