牛を殺して牛肉を食べた、として、デリー近郊の村に住むイスラム教徒男性が、怒った群集に撲殺された「牛肉殺人事件」の余波が、インド全土に広がっている。宗教的にセンシティブな問題ということもあり、モディ首相をはじめとする政治家は事態収拾や介入にはやや消極的だが、問題を放置すればヒンドゥー・イスラム教徒間の宗教対立が再燃する恐れもある。

 ことの起こりは9月末、デリーに隣接する北部ウッタルプラデシュ州ダドリ村で、家に牛肉を所持していたとのうわさが広がったムハンマド・アクラクさん(50)が数百人の群集から殴る蹴るの暴行を受けて死亡。息子も意識不明の重体となった。インドでは窃盗犯や強姦犯が村人のリンチに遭い、警察に引き渡される前に殺害される、といった事件が後を絶たないが、今回の事件は結果的にまたしてもインドの異質性や後進性を強調する結果となった。

 

消えたビーフバーガー

「牛肉食」をめぐる論争や衝突は、今に始まったことではない。牛を神聖視するヒンドゥー教至上主義団体、民族奉仕団(RSS)を有力支持母体とするインド人民党(BJP)が2014年総選挙で圧勝してから、各州政府を中心ににわかに政策がヒンドゥー色を強めている、という指摘が多い。今年3月にはBJPが与党となったデリー首都圏のハリヤナ州、西部マハラシュトラ州で相次ぎ牛の屠殺や牛肉の販売が禁止され、カフェやレストランからビーフハンバーガーがいっせいに消えた。RSSやその関連組織、世界ヒンドゥー協会(VHP)などヒンドゥー・ナショナリストの意向が強く働いた、との見方があり、食肉処理に携わるイスラム教徒など少数派による抗議の声はほぼかき消された形だ。

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