「ブルキニ騒動」が示す「ヨーロッパの空気」

執筆者:大野ゆり子2016年9月8日

 南仏の海岸で、今夏、女性の水着をめぐって熱く議論された「ブルキニ」着用問題。本来人前で肌をさらしてはならないイスラム教徒女性が全身を覆う水着「ブルキニ」は、「政治的な挑発」(サルコジ元大統領)なのか、「女性の奴隷化の象徴」(ヴァルス首相)なのか、それとも個性溢れるファッションなのか――。フランスの地方自治体が出したブルキニ禁止令は国務院(フランス行政裁判での最高裁)で無効とされたが、この問題が象徴する、「ホスト国」である西欧諸国がイスラム教徒にどこまで「同化」を要求するのか、というテーマは、長引くテロとの闘いで焦燥するヨーロッパで、今後、ますます白熱する勢いだ。

トラック突入テロがきっかけ

 ブルキニ禁止の直接のきっかけはもちろん、今年7月にニースで起き、多くの犠牲者を出したトラック突入テロ事件である。無防備な海水浴客の傍で、全身を覆ったイスラム教徒が居たら、何かを隠していてもわからない、という治安上の議論が根底にある。しかし、何より個人の自由を愛し、不必要に他人に干渉しないという、これまでのフランス人の価値観が、パリ同時テロ以降、テロとの闘いによって、「異分子に同化の覚悟があるか」を常に問う、「戦時中の価値観」に、明らかにシフトしたように思われる。
 空気の中に、数年前から変化の兆しはあった。ちょうど2年前、パリのオペラ座でヴェルディのオペラ「椿姫」の上演時、劇場中央の最前列の観客席に「ニカブ」と呼ばれる目以外を覆った衣装を着たイスラム女性が座っていた。舞台上からそれに気づいた合唱団員が、「顔を隠している観客の前では歌えない」と公演中に抗議。それを受けた劇場の担当者が、休憩中に観客に近づき、「公共の場ではニカブの着用が禁じられている」と説明、観客は1枚230ユーロ(約2万5千円)という、最高ランクのチケットを購入していたそうだが、払い戻しを求めることもなく、静かにその場を立ち去った。フランスでは2011年4月から公共の場で、ブルカやニカブといわれるイスラム女性の衣装の着用を禁止する法律が施行された。違反すると約150ユーロの罰金と、「市民教育」のプログラム参加が義務づけられている。

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