ヴェルディが「仲介」した新旧ふたつの贈り物

執筆者:大野ゆり子2008年5月号

 見覚えのない人から、ある日、手紙が届いた。宛先は夫の職場であるモネ劇場になっている。何の変哲もない白い封筒には、ボールペンで、イタリアのプーリア州ターラントにあるPという町に住む差出人の住所と名前が書かれていた。イタリアをよく長靴にたとえる表現があるが、それでいうとプーリアは、ちょうどそのかかとにあたる場所である。観光地として有名でもなく、私たちも、一度も訪れたことがない。夫の職業柄、クラシックファンの方から、指揮者のサインのコレクションをしているので送って欲しいというお手紙を頂戴することはある。しかし、この手紙は一風変わっていた。 ちょうど胸ポケットに入るぐらいのサイズの手帳から、三枚のページが破り取られて、その中には少し震えるような手で書かれたイタリア語の文字が、ぎっしりと並んでいた。「私はAといいます。あなたの音楽の大ファンで、あなたの指揮する演奏を楽しみにしてきました。私はまだ四十五歳なのに、患っていた癌が末期を迎え、自分の死期が近いのを感じています。今、自分の痛みを癒してくれるのは、音楽だけです。あなたが最近、ヴェルディ『アイーダ』のDVDを出されたのを知りましたが、買うお金がありません。マエストロ、もしあなたがこのDVDを私に送って下さったら、私の人生の最後の望みをかなえて下さることになり、私は安らかに死んでいけます。どうか、どうかお願いします。マエストロ、どうか、一刻も早く……私の死期はすぐそこまで来ています。抱擁をこめて A」

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。