投票所はのどかな雰囲気だったが、これでも例年よりは緊張感が漂っていた(筆者撮影)

 

 ジャカルタ州知事選でイスラーム保守派の圧力が功を奏したという事実は、インドネシアでイスラーム化が進んでいるということを表しているのだろうか。1998年の民主化以降、表現の自由や集会の自由が認められ、それまで力で抑えられてきたイスラーム保守派の言動や存在感が増してきているのは確かである。キリスト教徒などの宗教的少数派や、イスラーム教の中でも少数派にあたるシーア派や新興集団などに対する差別的行動や暴力事件が増えていることも事実である。

 しかし、今回の州知事選では、選挙戦当初からイスラーム教徒か否かが争点だったわけではない。立候補者を擁立するプロセスを振り返れば、「アイデンティティの政治」はまったく問題にされておらず、政治エリート間の駆け引きだけが決定の要因だったことが分かる。

 アホックを擁立した政党は、世俗系に属する4つの政党である。しかし、ジョコウィ大統領の所属政党で、州議会最大会派でもある闘争民主党(PDIP)は、立候補締め切り直前まで擁立候補を決定できなかった。党内には、アホックの過激な放言癖や強引な州政運営に反感をいだく者も多く、自党出身者で改革派首長として人気のあるトリ・リスマハリニ(通称リスマ)スラバヤ市長の立候補を求める声があったためである。そこでアホックは、政党の公認候補ではなく、無所属として立候補する道を探った。既存エリートによる政治支配を打破したいと考える市民ボランティアも、「アホックの友」という団体を立ち上げて自発的に署名活動を行い、昨年6月には100万筆の署名を集めることに成功している。しかし、結局、PDIPはアホックの公認要請を受け入れることにした。世論調査でアホックに十分対抗できるという結果が出ていたリスマは、任期の残っているスラバヤ市長の職を投げ出すことに前向きではなかった。他に有力な候補を持たない同党にとって、現職のアホックを公認する以外の道は残されていなかったのである。

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