フランス大統領選「極右」ルペンの実像(2)父ジャン=マリー正々堂々の「肉声」
2017年4月17日
欧州議会選挙から1カ月後、1984年7月に、私は、ジャン=マリー・ルペンの自宅でインタビューをした。パリを遠くに見下ろす小高い丘の上のレンガ造りの邸宅で、この建物の入手にあたっては、認知症に近くなっていた前の所有者にとりいって、遺言にサインさせたという話もある。門には厳重に監視カメラがとりつけられていた。
「まずなによりも、我々は国会に代表を持たない政党で、我が国のあらゆる制度は国会に代表を送っている政党を優遇し、有利にしていることを知ってもらいたい。『システム』の4人組が文字通り優遇された独占を形作っているのです。そのために我々は、この選挙においても重い一連のハンディキャップを負いました」
開口一番、既成政党の支配への不満がほとばしった。
当時の極右政党「国民戦線」(FN)のスローガンに、「諸悪の根源ジスカール、シラク、ミッテラン、マルシェ4人組」というものがある。これが「システム」で、プロレスのタッグマッチのようなものだという。つまり、ヴァレリー・ジスカールデスタン(元大統領)とジャック・シラク(のち大統領)派の右派2党と社会党(フランソワ・ミッテラン大統領=当時=)、共産党(ジョルジュ・マルシェ書記長=当時=)がそれぞれタッグを組んでリング場で激しく闘っているようにみえるが、じつはシナリオができている。そして、他の者はリングに上がれない。
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