ガダルカナル島の海岸と沈没貨物船 (JICA提供)

 

 昨年11月、南太平洋の3つの島嶼国を訪問した。最初に行ったのはパプア・ニューギニア(ニューギニア島と第2の島であるニューブリテン島)、それからソロモン諸島(ガダルカナル島)、最後にヴァヌアツに行った。このうち、パプア・ニューギニアとソロモン諸島は太平洋戦争の激戦地として知られている。

南太平洋の激戦地

 1941年12月、真珠湾で大きな戦果をあげた日本は、さらに42年1月、ニューブリテン島のラバウルを制圧し、ここに基地を作った。そしてその周辺を固めるため、3月、パプア・ニューギニアの東北部のサラモアとラエに上陸した。

 

 その結果、7月、日本軍は陸路による攻撃を開始した。しかし、スタンレー山脈(4000メートルに達する)を縫う山道の行軍は困難を極め、豪州軍の抵抗も激しく、9月上旬、作戦は行き詰まり、後退を開始した。悪戦苦闘の末、1943年1月、日本軍は全滅した。投入兵力は6500人でほぼ全滅、米豪軍は2万人で戦死は2000人と言われている。 その後、日本海軍としてはインド方面に進むか、米豪の連携を断つために南太平洋方面に進むか、意見が分かれたが、後者が選ばれ、パプア・ニューギニアの首都ポートモレスビーの攻略をめざすこととなった。ところが、5月上旬に珊瑚海海戦が行われ、勝敗はほぼ互角だったが、日本はポートモレスビー攻略という目的を達成できなかった。

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