『ジョージ・F・ケナン回顧録』清水俊雄(上巻)・奥畑稔(下巻)訳読売新聞社 1973年刊 ジョージ・F・ケナンは二〇〇五年三月十七日、米国プリンストンの自宅で百一歳の生涯を閉じた。普通、回顧録なるものは著者晩年の作と考えられがちだが、二巻の『ケナン回顧録』はそうではない。一九二五―五〇年を扱った上巻は一九六七年に、一九五〇―六三年分の下巻は七二年に出版された。それぞれ著者六十三歳、六十八歳のときの著作である。上巻執筆時、ケナンは自分が「人生の終末点に近づいている」と感じていたらしいが、とんでもない。下巻出版後にさえ、彼はなお三十三年を生きた。ケナン著作年譜で言えば、『回顧録』はむしろ中期の産物である。 ケナンの職業生活は、前半を外交官・国務省勤務、後半を史家・著述家と大別できる。ただ、両要素の混在期がある。官辞職を覚悟したのに、あるいは辞職したはずなのに、求められて一九五二年に駐ソ連大使に、また、六一年に駐ユーゴ大使に就いた時期がそれだ。上巻は「前半期」、下巻は「両要素混在期」の回顧。つまり、『ケナン回顧録』とは、後年の一人の高名な歴史家が自らの外交公僕期を振り返った記録である。ところが、その外務官職期の回顧たるや、世間がどう見たかと関係なく、まるで内面的失意の告白の連続である。得意の表情は皆無だ。失意と懐疑ばかりの外交公僕回顧録とは珍しいが、しかし、ケナンが失意告白録を書かなかったならどうだろう。量的には堂々たる二十世紀米国外交史研究も、質の面で貧相にとどまっただろう。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。