紙幣増発に疑問を呈したゲーテ

執筆者:野口悠紀雄2017年7月6日
(C)AFP=時事

 

 ゲーテ『ファウスト』第2部第1幕は、メフィストーフェレスが、神聖ローマ帝国の皇帝をそそのかして、紙幣を発行する場面だ。

 皇帝は深刻な状態に陥った国家財政の立て直しに頭を悩ましていた。そこに登場したメフィストーフェレスが、地下の財宝を担保として紙幣を発行するよう進言する。「お金は、どんな深いところからでも知恵の力で掘り出せるのです」

 彼が予言したとおり、紙幣を発行したとたんに帝国の財政問題は雲散霧消してしまう。宮内卿と軍部卿が、借財を返済したと皇帝に報告にくる。

 皇帝は半信半疑だ。「では紙幣が金貨代わりに通用するというのか。軍隊や宮中の給料も、それで全額が払えるというのか。とすれば、納得はいかないが、認めずばなるまい」

 人々は突然訪れた好況に浮かれ騒ぐ。「地下の酒場じゃ、皇帝万歳の声で沸き返っています」

 メフィストは言う。「こうなると、われわれを疑った奴らは恥をかく。慣れてしまえば、誰でも紙幣が一番いいということになります。今後はご領内のいたるところ、宝石、黄金、紙幣にことを欠く心配はございますまい」

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