連載小説 Δ(デルタ)(16)

執筆者:杉山隆男2017年8月5日
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (C)時事

 

【前回までのあらすじ】

巡視船「うおつり」を乗っ取った、中国人の集団「愛国義勇軍」。彼らはかつての英雄・劉成虎将軍を慕う「家族」のはずだったが、1枚岩ではなかった。2人の兵士が言い争い、1人が射殺される。裏切り者が生き残った。その一部始終を聞いていたのが、唯一人質から逃れた特警隊員の市川と、彼に取り押さえられている最年少兵士の張。2人は秘密を共有し、心を通わせ始めた。

 

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 東京永田町の首相官邸の代表電話は、さばききれないほどのコールでもう3時間以上ほとんどつながらない状態がつづいていた。NTTの地上回線だけではない。官邸のメールマガジンもご意見募集サイトが投稿であふれ返り、その後もアクセスが殺到して事実上の閉鎖に追いこまれた。代々大名や華族の屋敷があったこの地に総理大臣官邸がつくられて90年近くになるその歴史の中で、最高権力者の館にここまで一般国民からの反応が直接寄せられるというのはむろんはじめてのことだった。

 理由ははっきりしていた。ツイッター上に、海保ヘリ撃墜の衝撃動画と、武装グループのリーダーによる犯行声明がアップされるや、時をおかずして官邸の電話やウェブサイトへのアクセスが一気にハネ上がったのである。それはNHKがニュース速報のテロップを流す5分も前からだった。

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