ウラジオストク駅。シベリア鉄道の終着駅であり、始発駅でもある

 

 9月の初め、初めてウラジオストクに行った。近代日本の政治外交史を勉強してきた者としては、ぜひ1度行ってみたかった。ウラジとは支配する、ヴォストークとは東方、つまり東方を支配するというのが語源だという。

 丘の上に登ると、大きく切れ込んだ金角湾が見える。これはイスタンブール(コンスタンチノープル)の金角湾と同じ名前である。ウラジオストクの前の海峡は、東ボスポラス海峡といって、これまたイスタンブールのボスポラス海峡と同じ名前である。ウラジオストクを東のイスタンブールとし、ロシア帝国を第2の東ローマ帝国にしようとする意図が込められていたのだろうか。

 湾に接続して、ウラジオストク駅がある。シベリア鉄道の終点であり、モスクワまで9288キロという碑が建っている。モスクワまで6日かかるが、航空路が開けるまでは、極東からヨーロッパへの最短コースはシベリア鉄道だった。

シベリア南部そして日本への関心

 ロシアの東方進出の歴史は古い。1500年代の末、西シベリアのシヴィル・ハン国を滅ぼし、西進を続け、1630年代にオホーツク海に到達した。その後まもなくベーリング海峡まで到達し、18世紀には海峡を越えてアラスカに進出したが、補給が難しく、1867年にはアラスカをアメリカに売却した。カムチャッカからアラスカへは、寒く、遠かった。

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