まことの弱法師(22)

執筆者:徳岡孝夫2018年1月21日

 新学期の1時間目。「新聞学概論」のマーフィー先生が入ってきた。白髪痩身。「出席を取りましょう」と言ってポケットから黒表紙、縦長の出席簿を取り出した。30人ほどの学生が名を呼ばれるとイエス、ヒアなどと各自に答える。先生はいきなり「What is freedom of the press.」と言った。そして立ち上がり教室の中をぶらぶら歩いて窓際に立ち外を眺めた。

 10月初旬、ニューヨーク州北部の山々は黄金色に染まっていた。何をしているんだろう。講義の手順を考えているのか。私は先生の背中越しに景色を眺めた。

 先生は教壇に戻り出席簿を見た。

「名前の覚えにくい人から当てよう。ミスター・トクオカ」

 私はびっくりした。機械仕掛けの人形のように立ち上がり言論の自由は民主主義の根幹である云々など下手な英語で、どうにかでまかせを喋った。

「ベリーグッド。今の発言を補足する意見は?」先生が次に呼んだのはナイジェリアからの留学生だった。あとは全員アメリカ人学生で、それぞれに意見を言った。そして気がついたら90分が終わっていた。マーフィー先生は時々口を挟むだけで大部分は学生の発言だった。そして1時間目の結論は「言論は自由である。しかし満員の映画館の中で火事だ! と叫ぶ自由はない」だった。

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