このトラックで惨劇は引き起こされた(C)AFP=時事

 

 フランス革命記念日にあたる2016年7月14日、南仏ニースの海岸通り「プロムナード・デ・ザングレ」を大型トラックが暴走し、花火大会の見物に集まった市民や観光客を次々となぎ倒したテロは、まだ多くの人の記憶に残っているだろう。犠牲者86人、負傷者約450人を出して「史上最悪の殺人」とも言われたこの事件で、トラックを運転したチュニジア人容疑者モハメド・ラフウェジ=ブフレル(Mohamed Lahouaiej Bouhlel、当時31)の実像が、事件から1年半を経て明らかになってきた。ブフレルが抱えていた裁判の記録を今年になってメディアが報じ、彼の凶暴性やサディズム的性格が浮かび上がっている。ただ、果たして彼はイスラム過激派だったのか。「イスラム国」(IS)とのつながりはあったのか。根幹の謎は、解明されたとは言い難い。

わずか4分間の犯行

 最終的に警察に射殺されたブフレル本人に対する捜査は、現在も続いている。これとは別に、ブフレルは当時、同郷出身の妻ハジェルとの間で離婚訴訟を抱えていた。ニース大審裁判所(地裁)は昨年10月、ブフレルにかかわる計5件の告訴や裁判など司法事案の文書を離婚訴訟に一本化。その内容を今年1月、フランスのニュース専門局『LCI』が報じた。

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