なぜ君主号を考えるか:「はじめに」に代えて

執筆者:岡本隆司2018年4月6日
来日したイギリスのチャールズ皇太子(右)、ダイアナ妃(中)、浩宮さま(皇太子殿下、左)。1986年5月9日、京都・修学院離宮にて (C)時事

 

 昨年12月20日付の『朝日新聞』に、外務省が同日公開した外交文書に関する記事が載った。その文書の中に、チャールズ英国皇太子・同ダイアナ妃両殿下が1986年に訪日したさいの関係ファイルが含まれていた。

チャールズ「皇太子」の怪

 日本政府としても、当時は異例の歓待だった。王室の結びつきということで、良好な日英関係の維持に資したことはまちがいない。山崎敏夫駐英大使(当時)も、「英国朝野に対するPR効果も甚だ大きいであろう」と述べるほどで、両殿下の訪日は歴史的にも、重大な出来事だった。

 はや30年も前、筆者もたしか大学生だったころだから、日本国内のありさまはよく覚えている。ダイアナ・フィーバーで大騒ぎだった。だが逆に言えば、ほとんどその印象しかない。

 そのころ全く気づかずに、数十年を経た最近になってようやく気になりはじめたことがあり、それが今や頭から離れなくなった。

 チャールズ皇太子、である。ただ、気になるのは古希を迎えられたチャールズ殿下ご自身ではない。チャールズの称号、つまり彼を「皇太子」と称する風習に、である。イギリス・エリザベス女「王」の後嗣が「皇」太子では、やはり奇怪だと思わざるをえないのだ。迂闊千万、今ごろになって、やっとそのことに気づいた。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。