「ベル・エポック」の奇才

執筆者:大野ゆり子2008年8月号

「ベル・エポックの夏」という展覧会を、ブリュッセルで見る機会があった。タイトルになっている「ベル・エポック」とは、フランスの十九世紀末から二十世紀初頭の時代を指す言葉だが、この響きには、どこか楽しげで心躍らせるものがある。フランス語でBelle Epoque。日本語にすれば「良い時代」とか「美しい時代」という名なので、さぞかしバラ色で幸福な時代だったに違いない、と想像させるからだろう。 ところが、この「ベル・エポック」の定義は、実際には曖昧で、いつからいつまでを指すのかはフランスの歴史家の中でも意見は分かれるという。そもそも、第一次世界大戦を終え、ヨーロッパ社会が大きな傷を負った後に、「ああ、戦争前のあの頃は良かった!」と振り返って使われるようになった言葉なので、漠然としているのは当たり前かもしれない。普仏戦争の傷から立ち直り、第一次大戦に入る前のことを指すのは一致しているのだが、始まりの年代に関しては諸説ある。しかも、こうした時代のネーミングというのは、後世の人間が勝手につけるものなので、その時代に生きていた人全てが、「良い時代」だとリアルタイムで感じるわけではない。実際、まだこの時代の人が存命中に、自分の青春時代を「美しかったと思うか」とアンケートをとったところ“oui”と答えた人は少数だったという記録があるという。

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