書店に並ぶ自伝。トランプ大統領の「暴露本」と並んでいるところに妙味がある(筆者撮影、以下同)

 

 昨年秋、老華人企業家の伝記がシンガポールと香港で発売されるや中華圏でブームを呼び、総選挙(5月9日実施)を前にしたマレーシアでは政治的波風まで引き起こした。

 書名は英文版が『ROBERT KUOK A MEMOIR WITH ANDREW TANZER』(シンガポール・Landmark社)で、中文版が『郭鶴年自傳 郭鶴年口述 Andrew Tanzer 編著』(香港・商務印書館)。

 郭鶴年(ロバート・クオック)――。1923年、マレーシアのジョホール生まれ。1960年前後には「砂糖王」と呼ばれ、1970年代末には拠点を香港に移して「嘉里(Kerry)集団」を率いて物流、シャングリラ・ホテル・チェーン、不動産開発、メディア業界などで辣腕をふるう。北京中枢とも太いパイプを持ち、中国市場でも派手なビジネスを展開し、数年前に香港からマレーシアにUターンした本人が、華人企業家としての自らの人生を振り返ったオーラル・ヒストリーである。

 戦後混乱期に家族経営から出発し、時代の荒波を乗り越えて「企業集団」と呼ばれる中華圏対応ビジネスモデルを作り上げ、中国が開放されるや中国市場に進撃。1990年代前半の「アジアの世紀」を謳歌し、香港返還直後の「アジア危機」や、2008年のリーマンショックといった2度の世界的危機を乗り越え、「一帯一路」を掲げる習近平政権による中国経済の飛躍的拡大という新たな環境への対応に腐心する華人企業家たち――その典型でもある郭鶴年の人生には、「白手起家(裸一貫)」で創業し、“したたかな商法”で巨万の富を築き上げたといった類の、わが国に見られる類型化した見方では捉え難い旺盛な企業家精神が隠れているようにも思える。

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