政治家や外交官にもすすめたい『経国美談』
2008年9月号
『経国美談』という歴史小説をご存じだろうか。一八八三年に、自由民権派のジャーナリストで文筆家の矢野龍渓が書いた歴史小説である。岩波文庫にも入っているから入手は比較的容易だが、あまり知られていないのではないかと思ったので、今回は、この小説の紹介をしたい。「世界政治のキーノート」で、なぜ、小説の紹介をするのか。もちろん、この小説が面白いからであるが、世界政治の分析にも役に立つと思うからである。小説の舞台は、紀元前四世紀の古代ギリシア。ペロポネソス戦争でスパルタがアテネを下し、ギリシア世界の覇権を握るなかで、中小国テーベの民主派指導者たちが、テーベにおけるスパルタ寄りの専制勢力を打ち倒し、国際政治の荒波のなかで虚々実々の政治を繰り広げる。主人公の一人、イパミノンダスの戦略と戦術によって、紀元前三七一年、テーベはレウクトラの戦いでスパルタを下し、ギリシア世界の覇権を握る。 日本の歴史小説の多くは、日本史や中国史に題材をとることが多いので、古代ギリシアは、多くの読者にとっては、あまりなじみのない世界かもしれない。しかし、日本人や中国人が、史記や三国志演義で春秋戦国や三国時代の歴史になじみがあるのと同様に、古代ギリシアは、欧米人にとってなじみ深い国際政治の古典時代である。もちろん、欧米でも一番有名なところは、紀元前五世紀のペリクレス時代のアテネで、この時代を描いた古典としてツキュディデスの『戦史』を超えるものはない。欧米の国際政治専門家で、ツキュディデスを読んでいないと言ったら、もぐりだといわれる。ただ、ツキュディデスは難しいし長い。
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