喜劇=悲劇+時間――。『磯崎新の「都庁」』の頁を繰り出してすぐ、頭に浮かんだのは、こんな公式だった。テーマは東京都庁の設計を争うコンペ。つまりはこの本、建築をめぐるノンフィクションなのだが、人間が主役のコメディーでもある。 建築家は今なお神格化されがちな存在だ。仕事の結果が目立つ一方で、その過程は見えにくいせいだろう。が、著者は“敗北する主人公”磯崎新と“勝利する強敵”丹下健三という神々の実像を飄々と暴いていく。 日頃から腰痛や下痢に悩まされ、新都庁のコンペでも重要な説明会に遅刻しかける磯崎。その磯崎と同じエレベーターに乗り合わせても無視する丹下。東大工学部建築学科での師弟にして建築家としてはライバルという二者が相対するこのシーンからして、カミならぬヒトの本性が表れた傑作コントだ。 ポストモダンの論客として鳴らした磯崎が提案書に盛り込んだドゥルーズとガタリによるリゾーム論などは、コンペでは顧みられない。現存の都庁で特徴的な外装の紋様はICチップの回路を引用したという丹下の解説は、後付けの装飾だった。このあたりの面白さも、かのトム・ウルフによる『バウハウスからマイホームまで』に劣らない。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。