デニス・ルへイン 加賀山卓朗・訳『あなたを愛してから』

評者:香山二三郎(コラムニスト)

2018年8月11日

後半は怒涛の展開!
著者初のロマンティック・サスペンス

Dennis Lehane 1965年、アメリカ合衆国ボストン生まれ。94年に『スコッチに涙を託して』でデビュー。代表作は『夜に生きる』『ミスティック・リバー』など

 『スコッチに涙を託して』に始まる探偵パトリック&アンジーシリーズやクリント・イーストウッド監督の映画化作品でも知られる『ミスティック・リバー』等の印象が未だに強いせいか、ルヘインというと、ハードボイルドかノワールな犯罪小説で決まりと思ってしまう。
 本書はそんな巨匠が「初めて女性の単一視点で書いた、ロマンティック・サスペンスに分類できそうな作品」というのだから、興味はいや増すばかり。ヒロインのレイチェル(35歳)がボストン港のボートの上でいきなり夫を撃ち殺すところから始まるとなればなおさらだ。
 もっとも本筋は、彼女が生まれた1979年まで一旦さかのぼり、その足跡を丹念に追っていく。レイチェルの母親はハウツー本のベストセラー作家だったが、おのれの性格は破綻していた。夫のジェイムズとはレイチェルの幼時に別離、レイチェルは父親のことをろくに知らぬまま育った。だが大学に入って間もなくその母が事故死、それを機会に私立探偵を雇ってまで父親捜しを始めるが叶わない。レイチェルはパニック発作に陥りながらも大手新聞社に入り、ひょんなことから父親の消息も判明、感動の対面と相なるが、彼との血のつながりはなかった……。
 序盤はかように普通小説っぽい。いや奇天烈な親子関係からして、フツーとはいいがたいか。レイチェルはその後テレビに進出、人気レポーターとなるが、地震のあったハイチに取材に赴き挫折、そこから思いも寄らない男女関係劇に転じていく。
 それはそれで波瀾万丈な展開なのだが、ミステリー味は薄い。だからといって、ここで降りてしまっては勿体ない。訳者あとがきによれば、「第一部の比較的穏やかな語り口から一転して、残りの三分の二は怒濤の展開で、まったく先が読めない(中略)ノンストップ・スリラーとなる」からである。
 どうやら著者は「白人・男性・労働者階級のクライム・ストーリーというアイデアをもう両腕で抱きしめられなくなった」とぼやき、心機一転を図ったらしいのだが、後半には旧来のルヘイン・タッチもまだまだ生かされている。
 今後も新旧の作風が混淆(こんこう)した実験的作品が続くかもしれないが、当初はナイーヴと思われたレイチェルに後半荒神(あらがみ)が降りてくるように、女性活劇色が濃厚になる可能性大。個人的にはグレッグ・ルッカのハードボイルド活劇「ボディガード・アティカス」シリーズ的なものを期待。

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