ポルトガルの現代文学を
代表する“奇天烈”な秀作

José Luís Peixoto 1974年、ポルトガルのガルヴェイアス生まれ。2000年に発表した『無のまなざし』でサラマーゴ賞を受賞。現代ポルトガル文学を代表する作家の一人。

 文学というと、「えーと、だれがいたっけ?」というのが一般的な反応ではないか。詩人のペソアやノーベル文学賞作家サラマーゴの名が出れば相当の通だ。
 さて、ご注目。ここにポルトガルの現代文学を代表する作家の稀有な邦訳『ガルヴェイアスの犬』が登場した。この黙示録的物語は、もうひとつの『1984』である。
 1984年のある真夜中、宇宙から未知の物体が「ガルヴェイアス」の村に落ちてきて……という幕開けに、青木淳悟の『四十日と四十夜のメルヘン』などを想起したのだが、ヘンさにおいては青木文学に勝るとも劣らない。
 とてつもない熱気と臭気を放つ物体の落下後、猛烈な豪雨が1週間つづく。なにか落ちてきたら、雨はお約束だ。「四十日と四十夜」つづいた聖書のノアの大雨も、彗星などが地球に衝突した結果ではという説もある。やがて雨はぴたりとやんで降らなくなり、村人たちはこの物体のことを次第に忘れていく。しかし犬たちは忘れなかった……。
 連作短編のような構成である。1章ごとに1人の村人にフォーカスを合わせ、貧しく素朴な暮らしをみっしりと、執拗なまでに詳述する。人だけでなく、犬、道、公園、山など、全ての名前が明記される。名づけることで、そこに命が召喚される。
 遠目には平凡で平板に映る村の生活は、とんでもないドラマと暴力に充ちている。まずは、浮気、不倫。これは閉鎖社会をゆさぶる厄介ごとだ。復讐に燃えるある主婦は静かな暮らしを送りつつ、冷凍庫に自分の排泄物を溜めており、あるとき夫の不倫相手に……‼
 土地財産をめぐるいざこざも絶えない。家同士の対立があり、兄弟が銃を構える。よそ者を受けいれない排他的空気のなか、異邦の女性教師の机に腹を切り裂かれた犬の死骸が置かれる。いたいけな少女に手を出す助平親父。ようやく結婚したのに事故に遭ってしまう青年……。
 犬の視点で書かれた章がある。犬たちだけは、この村が硫黄の臭いに覆われ、なにかが腐敗していることに気づいているのだ。村人たちは自身の「におい」を失っていた。それは、名前を失うに等しいことではなかったか。ガルヴェイアスよ、どこに向かう?
 ラストで曇天の空から射すひと筋の啓示の光。1984年とは、訳者によれば、ポルトガルに新時代が訪れる前夜、薄明の時期。こんなポルトガル文学をもっと読みたい。

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