飛 浩隆『零號琴』

評者:大森 望(翻訳家・評論家)

2019年1月5日

期待の作家の超大作、
2018年のSFナンバーワンは決まり!

とび・ひろたか 1960年、島根県生まれ。2005年『象られた力』で、今年も『自生の夢』で日本SF大賞を受賞。著書に『グラン・ヴァカンス 廃園の天使I』など。

 今の日本SFのナンバーワン作家は誰か?  少なくとも打率では、飛浩隆で決まり。デビュー37年で著書はわずか6冊という超寡作だが、その分、新刊が出るたび話題を独占する。16年ぶりの第2長編『零號琴(れいごうきん)』も、もちろんその例に洩れない。
 物語の背景は、今から1000年ほど先の未来。人類は、謎の超古代種属が遺した技術にタダ乗りし、全長8000光年に及ぶ〈轍(わだち)〉宇宙にあまねく広がっている。主人公は、彼らの置き土産とも言うべき“特種楽器”を調査・調整する凄腕の技芸士、トロムボノク。大富豪の依頼を受け、超絶ハンサムな少年の姿の相棒とともに惑星〈美縟(びじ ょく)〉へと向かう。その首都〈磐記(ばんき)〉では、1カ月後に迫る開府500年祭に、全住民参加の大假劇の新作を上演、78万余の鐘から成る幻の特種楽器・美玉鐘で、秘曲〈零號琴〉を演奏する計画だった……。
 というわけで、小説の骨格は、エキゾチシズムあふれる冒険SF。たとえば、物語の序盤、初めて〈美縟〉に降り立った主人公たちが祭りにくりだし、週に1度の假劇に参加する場面を引用してみよう。
 〈雑踏を歩いているのは、いまやお面を着けて祭りに向かう人々ではなかった。かれらはすでに假面を着けることで、サーガを構成する神々であり、英雄であり、女王、商人、神獣、妖怪であり(中略)かれら固有の物語が相互にからんで織りなされていく想念、感情、挿話の巨大な構造体としてのサーガ、熱く粘りのある空気、そうして人波の幅広い川のような流れだった〉
 假劇が始まると、退治されるべき巨大な“怪獣”那貪(などん)がおもむろに姿を現す。本来は粗雑な張りぼてであるはずの怪獣が命を吹き込まれて動き出す、このごく短い一場面を読むだけでも、本書の――というか、飛浩隆の描写力の凄さがわかる。
 しかも、古今東西のSFの遺産のみならず、プリキュア、ゴレンジャー、まどマギ、巨神兵、ウルトラマンなどなど現代日本のポップカルチャーのイコンが大胆不敵にとりこまれ、超絶技巧で料理されて、クライマックスでは、それらすべてを混ぜ込んだ一大仮面劇から、SFでしか描けない、とてつもなく美しい光景が立ち現れる。
 連載完結から7年かけて改稿を重ね、ついにたどりついた極限のエンターテインメント。四六判600ページの超大作だが、どのページを開いても、華麗かつ軽やかな楽しさにあふれている。少なくとも、2018年のSFナンバーワンはこれで決まり。

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