南オセチアのある演奏会が世界に広げた波紋

執筆者:大野ゆり子2008年10月号

 オープンエアコンサートと呼ばれる野外コンサートは、クラシック音楽界の夏の風物詩である。観客はTシャツやジーンズなど気軽な服装で、通りすがりに足を止めて、好きな曲だけ楽しむことができる。料金は無料だし、愉快で軽やかなプログラムが組まれるのが普通だ。 ところが、八月下旬に行なわれたある演奏会では、あまりにも様子が違っていた。演奏会の会場は、南オセチアの州都ツヒンバリ。オープンエアは、グルジア側の攻撃によって破壊された場所で催され、オセチア人の犠牲者を追悼するために行なわれたのだった。 ロシアとグルジアの対立は混迷を極め、その一因がオセチア人人口の多い南オセチアにあることは周知の事実だ。ロシア政府は、ロシア国籍をもつ南オセチア住民の保護を理由に軍事介入。南オセチア自治州のグルジアからの独立を承認した。西側は一様にロシアを非難し、グルジア寄りの姿勢を見せている。 米国や西欧のメディアがショックを隠せなかったのは、このコンサートでタクトを取った指揮者が、ヴァレリー・ゲルギエフ氏という、カリスマ性に溢れ、世界から支持を受けるマエストロだったからである。ゲルギエフ氏は、一九五三年にオセチア人の両親から生まれた。財政難に瀕していたサンクトペテルブルクの「マリインスキー劇場」を、アイディア溢れる意欲的な音楽的プログラムと、精力的なスポンサー集めによって、見事に蘇らせ、ロシアの顔として世界中で有名な劇場に復活させた。音楽家としての演奏活動だけでなく、疲れを知らない情熱と行動力で、欧州王室、政治家、財界人を虜にし、数々のプロジェクトをやり遂げたことでも知られている。

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