原田ひ香『DRY』

評者:中江有里(女優・作家)

2019年3月31日
はらだ・ひか 1970年神奈川県生まれ。2007年、「はじまらないティータイム」ですばる文学賞を受賞。著書に、『ランチ酒』『三千円の使いかた』など。

堕ちていく運命に逆らう
覚悟を決めた女の「疾走感」

 ここに登場する家族を結ぶのは愛でなく、情だ。北沢家にはじっとりと湿った情がまとわりついている。情で繋がれた女たちの身と心は、どこまでも乾ききっている。
 職場の上司との不倫がばれて、子どもたちを置いて離婚した北沢藍。行き場を失った藍は15年ぶりに実家へ戻ってくる。父に会った記憶はなく、頼れるのはここしかなかった。
 荒れ果てた実家で暮らすのは男にだらしなく、酒浸りの母・孝子と金にがめつい祖母のヤス。掃除に無頓着、金はないのにプライドだけは高い祖母と母は顔を合わせれば喧嘩。そんな2人を憎みながらも、他に居場所のない藍。
 隣に住む幼馴染の美代子は、祖父の介護を1人引き受け、近所でも評判の孝行娘。美代子に助けられながら、実家の片づけをはじめ、生活を立て直そうとする藍だが、ある日美代子の秘密を知ってしまう。
 藍も孝子もヤスもまるで感情移入をさせない登場人物だが、その言動から目をそらせないのは、彼女らの狡さ、卑屈さ、冷酷で見栄っ張り……自分にも覚えがあるからだろう。また母娘は傷つけあい、お互いが血を流すまでやりあってしまう。「親だから、子だから」と甘え、どこかで頼りあっている。これが他人同士なら関係を絶って終わっている。
 一方、隣の美代子は優しい、普通の人。若いころから身内の介護を押し付けられてきた彼女の秘密を知った藍は、いつのまにか彼女の片棒を担ぐようになっていく。
 働きながら家庭もおろそかにせず、自らも美しく保つ、なんて女性雑誌のロールモデルはここには皆無。「女の生きる道」は、自分を犠牲にして家族の面倒を見ること……こんな風に堕落したのは女だから? 親のせい? それとも運が悪かったのか。
 藍は運命に立ち向かい、それなりに努力した。しかし男にも去られ、子どもも奪われてしまう。
(間違った選択は将棋倒しだ)
 つじつまを合わせようとすればするほどに、先の駒は倒れていく。
 やがて自らの運命に復讐するかのように、藍はとことん堕ちていく。
 覚悟を決めた藍の疾走感は恐ろしく、生きるすべを見つけた女たちは震えるほどたくましい。ラストの場面、藍の逡巡は手元から胃の奥へと伝わり、身体の芯が重くなった。
(どこに行っても、この世は修羅なのかもしれない)
 果てしなく1人でいるか、果てしなく2人きりか……藍の答えがまだ想像できない。

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