朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』

評者:中江有里(女優・作家)

2019年6月23日

あらゆる「対立」をそぎ落した時代
“平成”とは何か、を知る1冊

あさい・りょう 1989年岐阜県生まれ。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞受賞。13年、『何者』で直木賞を受賞。著書に『何様』他。

 数々の歴史的な出来事が小説にあらわされてきた。災害、戦争、テロ……劇的な場面は数えきれない。
 世の中が慌ただしく一時代を回顧する最中に刊行された本書は、平成を生きる若者たちの物語。彼らの日常は安定しているようにみえて、とても危ういバランスの上にある。
 1話目に登場する看護師の白井友里子は日勤、深夜勤、準夜勤、休日を繰り返す中で、患者の死も日常となっている。同じ看護師の、いとこの奈央は心を病んでしまった。おそらく患者の人生に寄り添いすぎたせい――友里子は植物状態の青年・南水智也と、彼を毎日見舞い続ける堀北雄介の献身を見つめながら、変わらない毎日を過ごす自身と2人を重ね合わせていた。
 ある種の平和な日々を描いた1話の情景は、最終話でひっくり返る。実は1話は壮大な物語の台風の目のような空間だった。
 2話からは智也と雄介の過去にさかのぼる。小学校時代の転校生・前田一洋、智也に惹かれる坂本亜矢奈、北大へ進学した智也と雄介に関わっていく安藤与志樹、彼らを取材することで上司や同僚に一矢報いようとする中年ディレクター・弓削晃久へと視点はリレーされていく。
 平成生まれはゆとり教育を受けた世代でもある。人と競わない、ナンバーワンよりオンリーワン。運動会の組体操中止、棒倒し競技も中止。合唱コンクールの勝敗も決めない。
テストの順位を張り出すのも、「名前を張り出されない生徒の気持ちを考えたことがあるのか」との保護者から寄せられた意見によって止めた。
 一方でこんな考えを持つ者もいる。
 (人は、競い合うことによって、自分の能力を伸ばすことができる。人と比べ、勝ち負けにこだわることによって、実力以上の力が発揮されることがある)
 比べられ続けて負けようとしている人物はつぶやく。
 (だって、生きる意味を、人生に価値を与えてもらえるのだから、もう、何も考えなくていいのだから)
 競ってきた人にとって競わなくていい世界とは、甘美な死を思わせる。
 本書は8作家によって綴られる「螺旋」プロジェクトの一部。物語は原始から始まって平成、未来へと続く。各話に共通するテーマは「対立」。
 あらゆる対立をそぎ落としたはずの「平成」にも「対立」はある。価値あるものになりたい、認められたい、自分がどの位置にいるのか知りたい、そのための対立。平成とは何か、を知る1冊かもしれない。

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