ある劇場総支配人の若者「招き入れ」作戦

執筆者:大野ゆり子2008年11月号

 今秋より、夫がフランス国立リヨン歌劇場の首席指揮者となった。夫の新しいボス、つまり劇場総支配人は、四十六歳のベルギー人、セルジュ・ドルニ氏である。 ドルニ氏は三十代の若さでロンドン・フィルハーモニーのディレクターとなり、競争の激しいロンドンのクラシック音楽界で次々と斬新な企画を打ち出し、カリスマ的なリーダーとして一躍、業界で名を揚げた。十六歳で大学に入って三つの修士号を取り、音楽、建築も学んだ。 その彼がリヨンオペラにやってきたのは五年前。就任してすぐ、彼は自分のオフィスに入るのさえ、ひと苦労だと気づかされた。劇場の正面玄関前は、つやつやに磨かれた大理石でできているのだが、ここに若者たちがたむろし、スピーカーを大音量でかけて、ブレイクダンスをしている。着飾った人がオペラを聴きに来る劇場の玄関にとって、これは異常事態である。若者の方はオペラの人間を「あの気取った金持ち連中」と思い、オペラの側の人間は若者たちを「邪魔で迷惑な連中」だと思う。ドルニ氏が就任したときには、この両者には一触即発の険悪なムードがあった。 パリやリヨンなど大都市周辺で、若者が車を燃やす暴動が起きたことを、ご記憶の読者も多いと思うが、時はまさにこうした事件の前触れを感じさせた時期。あの暴動でも、流行ったヒップホップの過激な歌詞が、若者たちの怒りの火に油を注ぎ、偶発的な衝突が起きたこともある。オペラ劇場のすぐ北側には、失業率が高くアフリカやアラブからの移民が多い地域がある。

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