米SF界のレジェンドによる“非SF”の傑作短編11編

Harlan Ellison 1934年オハイオ州生まれ。SF作家の他にシナリオ作家、批評家としても活躍。短編集に『世界の中心で愛を叫んだけもの』『死の鳥』等。2018年逝去。

 あれは確か1977年、初めて買ったペーパーバックの1冊が、エリスンの短編集Love Ainʼt Nothing But Sex Misspelledだった。当時は“LOVEなんてSEXの綴りが間違っただけ”とか訳されてましたが、この(いま見ると)イキった感じのタイトルが、SFマニア気取りの田舎の高校生にはすごく眩しかった。なにせ当時のエリスンは、ロックスター並みのオーラを放つ世界一かっこいい作家(オレ認定)。おお「世界の中心で愛を叫んだけもの」、嗚呼「死の鳥」……。にもかかわらず、以来42年、僕はこの洋書を1ページも読んでいない。理由は簡単。中身がSFじゃなかったからである。
 というわけで、本書『愛なんてセックスの書き間違い』は、アメリカSF界のレジェンドがʼ56年からʼ76年にかけて(20代前半~40代前半の頃)発表した非SF短編11編を集める、若島正編の傑作選(全編初訳)。Love Ainʼt...とは収録作がずいぶん違うが、読み終えてみると、確かにこれ以外の題名はありえない気がしてくるから不思議。
 その秘密は、最後を締めくくる2編にある。著者自身を思わせる人気作家が夜のNYを放浪する「パンキーとイェール大出の男たち」(’66 年)は、“愛なんてセックスの書き間違いだよ”という台詞で始まるし、その10年後に書かれた「教訓を呪い、知識を称える」にも、同じ独白が出てくる。ちなみに後者は、大学の講演会に呼ばれた41歳のエリスンが、18歳だか19歳だかの女子学生を見初めて昼食に誘い、それがきっかけで結婚したという実体験が下敷きなんだそうで、モテた話もフラれた話も平気で小説のネタにするのがエリスン流。
 若きエリスンが、取材のため、NYのチンピラギャング団に偽名で10週間潜入していたという武勇伝は有名だが、その体験を生かした「人殺しになった少年」は、銃の生々しい迫力と異様な緊張感に満ちている。大手男性誌の編集長から、きみの小説は文章もプロットもすばらしいが、“ジルチ”がないと宣告された駆け出し作家の涙ぐましい奮闘を描く「ジルチの女」は、爆笑のエロ小説業界コメディ。その他、ラジオのDJを題材にした作品やジャズ小説などなど、いずれもエリスンらしい才気と光輝に満ちている。
 なお、エリスンが編者をつとめた伝説の革命的巨大SFアンソロジー『危険なヴィジョン』(’67 年)も、全3巻の完訳版が、この6月から3カ月連続刊行中(ハヤカワ文庫SF)。

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