誰もが落ちうる奈落の底とその先の救い:吾妻ひでお『失踪日記』
2019年11月25日
吾妻ひでお氏が10月、69歳で亡くなった。
今回は追悼の念をこめて本コラムで「いつかは」と考えていた『失踪日記』(イースト・プレス)とその続編『失踪日記2 アル中病棟』(同)を取り上げたい。
帯で「全部実話です(笑)」とうたう『失踪日記』は3部構成で、第1部と第2部が吾妻氏自身の失踪時の体験記、第3部は自らのアルコール依存症の発症と治療のプロセスがテーマだ。2005年2月の発刊と同時に大きな話題を呼び、 主要な賞を総なめしたので、手に取った方も多いだろう。
『失踪日記』の第3部は入院中のシーンで終わっており、その後の日々も含めて詳細に書きこまれた続編『アル中病棟』は8年後の2013年に300ページを超える書き下ろしの大作としてリリースされた。
卓越した客観視の力
最初に指摘しておきたいのは、2作とも極めて完成度が高く、マンガの面白さを存分に楽しめることだ。
何よりルポマンガの生命線である体験談の数々が抜群に面白い。
凍死しかねないようなホームレス生活やアルコール依存症の専門病院の内部など、「知らない世界」を豊かなディテールで疑似体験する感覚は花輪和一の『刑務所の中』(青林工藝舎、講談社漫画文庫)を彷彿とさせる。陰惨になりかねないテーマを明るいギャグタッチに消化している点も共通項だ。
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