誉田哲也『背中の蜘蛛』

評者:香山二三郎(コラムニスト)

2019年12月14日

エンタメ系警察小説の旗手が描く
先鋭化する捜査新技術の闇

ほんだ・てつや 1969年、東京生まれ。2002年、『妖(あやかし)の華』でムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞しデビュー。青春小説から警察小説まで、ジャンルを超えて人気を集める。

 警察小説を読んでいると、見慣れぬ用語を目にすることがある。ひと昔前なら“Nシステム”。1980年代後半から設置が始まった自動車ナンバー自動読取装置だ。近年では、2009年に警視庁刑事部に設置された“SSBC”こと捜査支援分析センター。こちらは防犯カメラ映像等のデジタルデータの収集や分析を行う部署のことである。
 新技術の導入は警察捜査を確実に進化させるが、いいこと尽くめとは限らない。本書は知られざるその闇をえぐり出した問題作。
 池袋署の刑事課長・本宮夏生は後輩の上山章宏警部に呼び出され、旧交を温める。公安部のサイバー攻撃対策センターへ異動になった上山は最近の警察の動向に不審を抱いているようだった。そんなとき西池袋の路上で男が刺殺される事件が発生。捜査は難航し、決定的な手がかりはなかなか得られない。20日が過ぎたある日、本宮は捜査一課長の小菅に特命捜査を依頼され、それを進めた結果、事件は解決へと至る。
 半年後、警視庁組織犯罪対策部の植木範和警部補は所轄の佐古充之ともども麻薬の売人・森田一樹を張り込んでいた。森田が新木場へ向かうのを追尾、彼がライブハウスのロッカーで取引をしようとしたところを捕えようとするが、爆弾が爆発。森田は即死、植木も重傷を負う。捜査は難航すると思われたが、程なく容疑者は確保される。その男に声をかけたのは相棒の佐古巡査部長だと知った植木が本人に確かめると、タレコミがあったのだという。それも警察官っぽい口調だったと。
 西池袋の事件の顛末が第1部、新木場の爆弾事件が第2部。実はそこまで読んでも物語の全貌はつかめない。いわばプロローグだ。ふたつの事件を解決に導いたものは何か。第3部に入っても先を読ませない展開で、妄想に駆られたヤク中めいた男がひょんなことからフリーター青年とその姉に知り合う話が加わり、混迷を深めていく。しかしその一方で、第1部に登場した上山警部の視点を通して「高度化する捜査の中で急速に拡大する情報監視網」の実態が明かされるとともに、各事件の真相もほぐれだしていく。
 著者は『ストロベリーナイト』の姫川玲子シリーズ等、エンタメ系の警察小説の旗手だが、本書では警察捜査のありかたを問いつつ、社会的弱者の悲劇をもリアルに浮き彫りにしてみせる。社会派警察小説に新たな局面を切り開く、警察小説ファンならずとも読み逃せない1冊だ。

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