本郷和人『世襲の日本史 「階級社会」はいかに生まれたか』

評者:山口真由(ニューヨーク州弁護士/元財務官僚)

2020年2月29日

日本社会のあちこちに残る「世襲」の美点と欠点

ほんごう・かずと 1960年東京都生まれ。東京大学で日本中世史を学び、現在は東京大学史料編纂所教授。本誌連載をまとめた『戦国武将の明暗』など著書多数。

 小泉進次郎の子どもが国会議員となれば「5世議員」になるらしい。日本はどうしてこれほど世襲が多いのだろうか。この疑問に見事に答えてくれるのが、本郷和人『世襲の日本史』である。本書を読めば、世襲の根深さが分かる。むしろ、世襲批判のほうが新しい。それほどに、社会の基本的な秩序となっているのである。
 世襲を支える日本社会の基本的なシステムは、本書によれば、「家」制度である。冒頭の「小泉家」を例にとると、政界に最初に進出したのは又次郎、そこから純也、純一郎、そして進次郎へと、「当主」は代れど「家」は維持される。こう述べると、「家」は血統を守るための制度にも思える。が、そうではない。血統は家の正統性を担保するための要素に過ぎない。これを「『家』の超血縁性」という言葉で、本書は表現する。実際、純一郎の父・純也は、実の息子ではなく、娘婿である。血縁を超えて「家」が守ろうとしたのは、「家」それ自体。つまり、世代を超えて家を存続させること自体が、制度の目的なのである。
 この制度の下では、家の格によって出世の幅が決まる。ゆえに、社会の振れ幅が小さい。例えば、一口に世襲議員といえど、決して同格ではない。総理大臣経験者の子孫は「サラブレッド」と呼ばれ、人より早く出世街道を進む。個人の能力による純粋な競争ではないのだ。
 思えば、家を模したこの仕組みは、政治家のような特殊なお家のみならず、日本社会のあちこちに残る。私がかつて所属した財務省はⅠ種、Ⅱ種、Ⅲ種と採用試験によって出世の上限が決まっていた。「大蔵一家」と呼ばれ、個人よりも組織の論理を優先しがちな傾向もあったのだろう。
 著者は、家制度の美点と欠点を両方指摘する。安定した時代には秩序維持に優れた制度である。個人主義的な競争社会に比べて、伝統的な美風を残すことができる。だが、自己保存を目的とする家制度は、変化を嫌い、旧弊を温存するとの逆の見方も成り立つ。現に、明治という激動の時代には、日本の有史以来初めて世襲を廃止し、個人を純粋に能力で登用したからこそ、1つの奇跡を成し遂げることができたのだ。
 安定期には世襲、激動の時代には個人主義という、この示唆は興味深い。日本では、安定成長期の後に「失われた30年」という長い低迷期が訪れている。固定的な社会システムに、その原因を求める声もある。一旦は能力主義を取り入れ、社会が活力を取り戻したら、安定期に適したシステムに戻す選択もあるのだろうか。年初から様々なことを考えさせられる本である。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。