ご飯の肴

執筆者:阿川佐和子2021年1月10日
「紅生姜の味をいつ知ったのか、記憶にない。いつのまにかそばにいた」(写真はイメージです)

 

(11月27日発売の新潮社『波』12月号より転載しています)

 小さい頃、知り合いのさるご婦人に予言された。

 「この子は将来、酒飲みになるわよ!」

 ご飯茶碗に向かう私をじっと見つめ、ニヤリと笑ってそのご婦人は呟いた。まだ6、7歳のいたいけな少女に向かってこのオバサンはいったい何を言っているのだろう。幼いながら違和感を覚えた記憶がある。

 そう言われたのはなにゆえか。理由はまもなく判明した。私が白いご飯の上にこのわたを載せて食べていたからだ。

 「だってこんな年頃からこのわたを嬉々として食べているんじゃ、お酒に強くなるに決まってます!」

 間違いないとばかりにご婦人が断言なさるのを聞きながら、私は恐ろしくなった。いつか私はお酒に溺れ、酔っ払いのオジサンみたいになってしまうのだろうか。

 子供の頃は酔っ払いが怖かった。家に来る父の友人たちが次第に顔を赤く染めてニヤニヤし始めるのも、お寿司屋さんで大声を張り上げて騒ぎまくるオジサンを見かけるのも、いつこちらに倒れ込んでくるかわからない千鳥足の大人とすれ違うのも、本当に嫌いだった。ああいうだらしのない人間にだけはなりたくない。心の底から思ったものだ。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。